10年目にして看板を掲げる


 
数年前くらい、「どうして独立したんですか?」と聞かれることが立て続いてありました。正直に「なりゆきです」と答えると、みなさん「ああ、そうですか」と微妙な笑顔を浮かべられるので、こちらとしても良い答えを用意できず申し訳ない気持ちになりました。が、本当にあの頃、なりゆき以外の何者でもない、自分の意思とは別の外的要因が後押しした独立だったと思います。

それも、もう10年。独立してちょうど10年になりました。ありがたいことです。

10年というのと、新しい事務所に引っ越してから落ちついてきたこともあって、塚田が「いとぐち展」をやろうと言ってくれました。この6月末から7月頭にかけて10日ほどかけて、これまでの仕事を展示して、みなさんに見ていただこうと。が、まあ、日々に忙殺されて、「延期だね」って。
 
でも、延期になった「いとぐち展」にあわせて、お願いしていたものができあがってきました。それが、いとぐちの看板というか表札というかです。

 

金属作家の角居さんにお願いしていたもの。角居さんは、たまにお仕事もするけれど、おもに飲み友だち。錫の器などの工芸作品のほか、金属のアート作品をつくる、長野市在住の作家さん。
新しい事務所に移ってから、いつかと思いながら、ではいとぐち展を機にと、思い切ってお願いしたのです。
 
「素材は何がいい?」「こんな文字どう?」
 
そうしてできあがったのは、銅板に真鍮で「編集室いとぐち」の文字が浮き出ています。銅板に比して小さい文字が、いとぐちっぽくてとても好きです。それをたくさんの言葉なしに察してデザインしてくれた角居さんてすごいなあ。下部にはチャンネルブックスの青木圭くんがデザインしてくれたロゴの英字部分をくぼませて彫っていただいて。その英字部分は、真鍮に布目の文様を写した板に施し、さらに最後の「i」の伸びた先は真鍮板から伸ばして糸様に。1枚の布地から引き出された「いとぐち」。いとぐちという名前を思って、そんなデザインにしてくださいました。ちなみに美緒の「緒」からとった「編集室いとぐち」。「緒」は、「いとぐち」と読むことを、事務所の名前をつけるときに漢和辞典を引いて初めて知りました。ものごとのはじまり、長く続くこと、命、そこに生じる思い、文章を書くこと。そんな意味があるそうです。角居さんの仕事を見るたびに、編集室いとぐちの仕事の大切なことを、改めて思いいたるんだろうな。
   

 
そうやって、角居さんが素材や文字や仕上げのバランス、デザインも細やかに思いをはせてくださってできあがったのは、まるでずっとそこにあるかのようなたたずまい。すごいなあ、角居さん。時間とともに、味わいを重ねていくそうです。そういう仕事をしたいし、この仕事に見合うクオリティの仕事をしなくてはと気持ちを引き締める7月、半夏生の頃です。(緒)
 
設置前に設置場所以外もきれいにしてくれる角居さん。このあと、玄関脇のヤツデに巣をつくった蜂も退治してくれた角居さん(2日前にこの蜂に刺されたわたし)。春、看板設置の調査のために訪問してくれたときには庭で戦って亡くなっていた鳥を埋葬してくれた角居さん。ありがたやー!助かってます!