飯山、冬と春の端境


 
季節を感じない。
  
そう思った記憶がほぼありませんが、そう思った数少ない記憶は、大学の頃。6年間、茨城県…というか、学園都市という特殊な場所に住んでいたとき、農作業の気配が感じられなかったときかもしれません。

高校生の頃、東京の大学に通っていた兄がわたしの大学見学に付き添ってくれたとき、バスが学園都市に入ると小さな声で、「おい、ここは人が暮らす場所じゃないぞ」と言ったことが鮮烈に焼きついています。お兄さんが暮らす東京だって、よっぽどだぞって思ったけど、多分、それとはまた別の、〝わたしたちにとって〟暮らす場所じゃない場所に映ったことはわかって、何か言い返したような、言い返せなかったような、そのあとはもう曖昧な記憶。
   
長野という場所に暮らして、祖父母の代までしか農家ではないから、農業のくわしいことなんてわからない。でも、田おこし、田植え、稲刈り、果樹の消毒、剪定。農業の仕事は、季節を見せてくれていました。でも、自分が劇的に行動範囲を広げなくても生きられる学園都市にあると、田んぼがどんな状況かわからないんです。おこしたな、水を張ったな、苗植えたな。そういうことが見えなくて、今はいつなのか?そんなことを思った記憶があります。そうして、農業は季節を感じさせてくれる風景だったことに気づきます。
 
その後ぎりぎりセーフで入学して、時間を過ごして、地元の人とも仲良くなって、茨城の良いところはすごく知れたと思う。季節が見えないなんてこと、全然ない。変わっているけど、学園にいても感じようと思えば、季節を感じられると思います。そう、感じようと思えば。あと、学生という一時的な暮らしではなく、根を張るという選択肢を選べば。
 
 
でも、感じたいと思わなくても痛烈に感じざるを得ないのが豪雪地なのかもしれません。 
 
年に2回ほど不定期で刊行される「飯山旅々。」の9号が発行になりました。テーマは「雪国の春」。単に春ではなく、どうやって冬から春に移るのか、冬から春の端境をどう感じ、それがどんなにうれしいのか、そんな豪雪地の人の心を綴じ込めました。
 
豪雪地の冬は、春から秋の田舎ならではの近所付き合いに飽き飽きし
雪の壁が立ちはだかるなか保存食とともに家にこもり
でも半年近く家にこもれば人恋しくなって
また雪解けの気配を感じて里を歩く。
 
もちろん、今はそんな閉じこもりの暮らしではないけれど、それでもやっぱり雪があるからこそ飯山の人は、厳しさを経て人に温かい。冬があるからこそ、人も、自然も慈しむ。抗えない大きな力を知っているからこその懐の深さ。
厳しさがない場所にも、もちろん温かみはあります。でも、厳しさがあるからこそ温かみがあることも、事実なんだと、飯山の人に触れるたびに思うのです。
 
明日は飯山にある酒蔵、水尾さんの蔵開き。存分に飯山の春を味わってきます。(緒)