家守綺譚

長野市で一番古い木造民家なのではないかという噂がある、いとぐちの事務所。平屋の建物のその屋根はとても大きく、長い土壁にエントランス、そして玄関の格子戸のたたずまいは寺か旅館かと見まごうほど。お世話になっている地区の神楽保存会のおじさまたちが紹介してくださってたどり着きました。ありがたいと思うばかりです。
引っ越してから過ぎていった初めての夏は、首に手ぬぐいを巻き、麦わら帽子をかぶって玄関の掃き掃除に庭や駐車場の草むしり、少し放っておかれてカビに好かれた梁と柱、そして水まわりをキュッキュと磨いて、建具の桟や日に焼けた障子はまだ見ないふり、そんな毎日。この家の家政婦として呼ばれたんだなと思うほど、家と庭の仕事に精を出さないと追いつかないし、実際追いついていません。そんなわけで、憧れの庭ができるのはどうやらまだ先の話。
憧れの庭といえば、映画にもなった梨木香歩さんの『西の魔女が死んだ』の庭。しかし、事務所の庭は和そのもの。そんなとき友人から、『家守綺譚』の方だねと。同じく梨木さんの作品。確かに! 本棚から引っ張り出して再読。しがないかもしれない物書きの主人公がボートで行方知れずの学友の父から自宅の家守を頼まれ、住まうお話。犬のゴローにも、河童にも今のところ出会わないけれど、裏庭には凛々しい狐が住まい、惚れられてはいない(と思う)けれど、驚くほど大きなサルスベリが。9月ももう半ばですが、濃紅色の花を優に1カ月以上、咲かせています。
小説のように地霊たちと出会える気配も能力もありませんが、家と庭と暮らす様子があまりにリンクして、いいときに読み返したなあと思いながら庭へ。秋なりのアスパラが植え込みのなかから細ながーい身体を伸ばしていたり、夏枯れしてこんな時季に新芽を出してしまった山椒に揚羽蝶がやってきていたり。のどかだなあ。庭の気配をひしひしと感じながら、家政婦というより家守だなと思い至ると、終わりのない雑草との戦いに辟易としながらも、あしたまた家と庭に出会うのがより楽しみになるのでした。この立派な家と庭を守りながら少しずつ和の花木を植え、コツコツと仕事に励み、ときたま本を読み、ときたま狐にびくびくとするなんてことない毎日を、しばらくここで過ごすのだろうと思います。(緒)